
| 型番 | 寸評 | |
|---|---|---|
| A&D | GX-Z9100 | もっちりとした音。音が分厚く、むっちりと織り成している。デジタルよりもアナログプレーヤーのほうがヘッドやモーターなどによる音質の違いが顕著でデッキ個性は大きい。まったく別の音がする。TEAC V-6030sはあっさりと平坦な基調で低音の音階もわりとはっきりと描かれる。TEACらしいメカニカルさだ。赤井電気&三菱電機であるA&DのGX-Z9100は、テープを聴いているなぁという気分を伴うほどに、陰影が濃い。こーんこーんこんこん。小音量ではデジタルが聴きやすいけど、音量をあげると遥かにA&Dのほうがいい。CDにはない色濃い音で醸されてる。それもアナログの素性のままに色恋のです。オーディオの音には年代色がある。 |
| audio-technica | AT-PL30 | 最廉価なADP。DENONのDP26FSとほぼ同じ。LPで音楽再生すると印象が一味ちがう。目に見える音は悪いけどS/N低い分音量さえ出せれば感性もつられて飛翔する。『ミュトスとロゴスの違い』・・・CAMでいうならアナログはモデルごと記憶される(ミュトス)けどデジタルはプロファイルが崩れない。その定義が正しいままにモデル化されるので、Dレンジはデジタルのほうが有利。デジタルの記録方式は論文と同じくロゴス形式で、伝搬される形状は常にプロファイル(形相)。そこに想像力を働かせれば恣意的にだけど抵抗なしに飛翔する。アナログの記録再生は現実態から現実態で小説や神話。象徴派の詩など、論証が不確かなこともあるけど、それはヌースそのままに言い表されているから。LPの表情の豊かさはSACDでも出せない。SACDは従来マスキング処理だった部分が記録されるので、みっちりした解像が得られ、空気感もLP並かそれ以上に出せる。でも音色・ニュアンスの再現というのは物理的には神の証明に等しく、無限にあるパロメータが無限乗にある森羅万象の世界のこと。符号化されたデジタルではありのままヌースが記録されたアナログには適わないところがある。真空管でも同じ。 |
| DENON | DCD-1300 | 86年製。おっとりとしているエレクトラトーン。僕はもうコーヒーブラックが飲めるのだったという大人の気分に浸れる。音はおっとりとしているけどそんなに濃密ではなく、アメリカンコーヒーです。 |
| DCD-1650SR | Versatileな再現力で音楽にエネルギーみなぎる。でもデジタルきつくなく、トゥルトゥルした滑らかさが基調になっている。特に高域が奇麗だとか低域が過多だとかいうことなく、平面的なバランス。のっぺりとしているが。あまりハーシュに飛び立った成分がないのがいい。 | |
| DP26FS | 定価¥14800のADPだけど楽しめた。スイッチのON/OFF必要なし。D/Aコンバーターとか必要ないので消費電力もほとんどなし。アナログレコードは低域のレスポンスが自然そのまま。自然科学に忠実で難解な考察なしに色不異空に出てくるのがアナログの良いところ。ちなみにLPとはロングプレイて意味だよ。レコードプレーヤーのことじゃないよ! | |
| DP-1300M | DP-1001MkUのモデルチェンジ型。トライオードのTRV-CD2と比較試聴した。針はSHUREのM44を使用されていた。DENONのADは構築性がよく、おそらくノッティンガムアナログスタジオと比較しても解像にさしたる遜色はないだろうけど、CDの解像度やクリアネスには及ばず、目を凝らすとノイズが見える。でも脳の中に残留するストレスがない。デジタルと違って虚実ではないので、不協和な感覚を物理的に引き起こさない。Christの心情のように。試聴会のあのすごい空間で僕は神を賛えるのではなく、詐欺師について考えていた。詐偽はどれほど数学的に調和していようがそのアルゴリズムにおいて感覚的な不協和が付き纏う。手料理は手が込んでるほどおいしいが手の込んだような手料理はおいしくない。泣こうとして泣くのではなく自然に出てきた涙が美しい。目に見える音は悪くとも、五感に馴染む音は本物である。本物の音が出ていた。 | |
| LUXMAN | DA-100 | 富士フイルムとラックスマンは似てる。ラックスマンは技術で音を作ってる。富士フイルムもアルゴリズムでフジカラーを出している。 富士フイルムとラックスマンのほかには、DENONとNikonは似ていて(清楚で明るい色調)、PioneerとCanonも似てる(油絵の存在感)。SONYはSONYで、PanasonicはPanasonic。marantzはOLYMPUSに近い(医療器に使われる)。AccuphaseはSONYとOLYMPUSの中間。NakamichiはLEICAと似て重宝されてる。VictorはPENTAXで(ビクター犬)、KENWOODはCAMEDIAとLUMIX。TASCAMはTAMRON。ONKYOはRICOH。TriodeとMiNOLTA(銀塩派)、SansuiとSIGMAも似ている。McIntoshとKodakも同じアメリカとあって近い(コダックブルー)。audio-technicaはCASIO(理系脳)。ESOTERICはHITACHI Wooo。ECLIPSEはRICOH。紫色があっさりしていて美しい。LUXMAN DA-100はバーブラウン製の最新チップPCM5102(バッファアンプ内蔵型DAC)を搭載していて華やいだ音なので富士フイルムよりペンタックスの方が近いかもしれないけどそこまでパステルカラーでもない。 |
| marantz | CD-19a | 瑞々しい冷色系トーン。鮮度感がある。marantzは音素が拡散せず集約し、つるつるとした肌触り。エッジが明瞭。リモコンの操作感はいまいち。番号を指定してからSETボタンを押さないとそのトラックに移動しなかったと思う。 |
| CD-17D | 95年発売のものだけど充分だと思った。CD-19a、CD-17Daの前の型。Dというのはデジタル入出力端子があるという記号。値段はCD-17より1万円高くなる。サブシステムに中古で手に入れたのだけどピックアップレンズだけではなくユニットごと交換されていたからか、内容は本来のCD-17Dなのか定かではない。しかしここまで清々しくしっとりと鳴るとは意表を突かれた思い。アナログ的な滑らかさにマランツらしいシックな色気が乗っている。こんな昔の製品でしかも3万円以内で落札したのに、こんな味わい溢れるCDの再生ができてしまって、いいのかしらんという風に思いました。すごくよい品物をありがとうございます。中身もぴんぴんで外装も年数のわりに綺麗で、とても満足しています。感動して出品者にそうコメントした。 | |
| DV-17 | DVプレーヤーだが先入観さえ払拭できれば満足できる。HDAM搭載で音も明晰で、外装もフロントパネルはめ込んだだけなチープなものではない。薄型のデザインがグー。リモコンの操作感も悪くなかった。DVD-AUDIOやらDVD-RAMやらDVD-RWやらいろいろ出てきたから見劣りするも、プレーヤーとしてよくできたものだった。中身が詰まってる。 | |
| SA-11S1 | CD-15の時代から10年続いていた外観は新しいニュープレミアムデザインとなった。音質はいつものマランツのように教会のステンドグラスのようにクリアルだが、そこに光の三原色が乗ってきた。 | |
| Panasonic | DMR-E20 | VRDS25Xと音質比較してみた。意外にも透明で見晴らしがよい。OUTPUTで出力される音圧にも差がない。音の太さは高域へむかって円錐状になる。人間の声は遠くまで届く感じだ。ヴァイオリンの太さやチェロのまろやかさではTEACのほうが厚みがあった。DVD-RAMは寿命が長いらしい(都市伝説)。光磁気ディスクのMOやMDも長いといわれてるよ。アナログはその点生物的だからいいね。VHSなら時間に比例して画質は劣化するけど半永久的に再生できるね。ベランダに置いておいて水に浸されても大丈夫だったしね。 |
| PIONEER | PD-HL3 | PDHL3は黄色いトーンで楽音は液体状メタルな柔らかさ。強調感のない心地のいい音を出す。超高域方面は聞こえこそはしないがS-07のシャンシャンいうツイーターがピシリと鳴っているところ、醸成されてるのだなぁという感じ。特有の滑らかさはこの時期のパイオニアらしさ。ただ廉価機種ということで、トレーに触れると音トビする。なんか弁慶の泣き所みたいに。中高域〜中低域にかけて響きの少し空疎な部分もある。焦げ茶色の渋い響きのあるVRDS25xに比べると薄く浮ついたトーンで、レガートリンクだけでは賄えきれないもんだなと思った。でも愉快軽妙な音なので結構使える代物。 |
| ROTEL | RCD-02 | 一般的な国産は平面的に輝くがRCD02は自然に奥に広がる。そしてやわらかい。安心して聴けるトーン。奥行き◎。HDCD対応。 |
| RCD-1072 | RCD02に比べて骨格があり低域がより聴こえ易くなっている。地味でかっこいいトーン。立体性◎、音楽性◎。HDCD対応。 | |
| RV-996t | ローテルを取り扱ってるゴトウ無線に行って来た。とても味のあるおっさんで、オーディオ熱が高まる感じだった。やってることはすこし宗教くさいけど、店で鳴っている音は実際すばらしい。末尾の"t"というのはチューン仕様だけど概して底が見えるような音で、よく引き出してくれてる感じだった。スムーズ系が好きなのかな。RV-996はDVDプレーヤーなのに自然で聴きやすく思えた。ほかにもいろいろと怪しげなグッズを教えてくれた。 | |
| S.A.T | CDFIX | S.A.TというのはBLADELIUSの立ち上げたスウェーデンのブランド。このプレーヤーは出産が寒い地方ゆえか、意外に温かくムーディーな音を醸しているのが好感触。ドライブ部はソニー。信頼性は日本で、音創りとデザインはスウェーデンといういかしたアンサンブルです。一般的には日本のプレーヤーは情報量は高くレンジとコヒーレント性が優先されていて、冴えた音である。たとえばYAMAHA CDX-1200はS/N的な切れ味があり音の素材感を観ることができる。でも途中でもういいですっ て思えてくるのはなぜ。YAMAHAらしいナチュラルな音楽性があって良いけどCDX-1200は隣の部屋への音漏れが気になってくるような音。そこまで訴えてこなくてもいい。一方でこのCDFIXは音量を上げても雰囲気を損なうような成分を出すことがない。一見ナローレンジだけど耳でよく練られているもので、全体の有機的なアンサンブルを重視されてる。金管がキンキン冷たく響くことがない。ヴォーカルが機械的に潤いすぎてない。弦の響きは華麗に高域にまで伸びるけど、電子音の弦ではなく、深く霧のような余韻を伴っている。管弦楽全体に伴う余韻の音色とタッチは女子のタオルみたいにほんわりと柔らかい。エネルギー感はジワリと空気を満たす。国産の中にARCAM、ATOLL、PRIMARE、ONIX等〃こういう音探しても見つからない。YAMAHAならきっとマイルドだから・・・Technicsなら西欧向けだから・・・と期待をするけど、やはりどこまでいっても国産は国産の音。管球アンプは国産のプレイヤーでないと捏造が露になるけど、聴感上痛くて使えない時がある。僕の耳と頭が弱いから?採血中に注射器を見ると失神するし。 |
| SONY | CDP-XA5ES | 今となっては懐かしいサイドウッドを装備するCDP-555ESJから一新し、このデザインの趣向は現在まで続く。555ESJまでと比べワイドレンジ化してソニーらしくない力量ある低域が聴けるようで、spendorのフロア型を鳴らしたとき、ずっしりした安定感はないけど確かにちゃんと下まで降りている感じがした。でもやはり中域が充溢している。依然暖色でマイルド。このプレイヤーは機能が多彩。CDごとにインデックスの記憶ができて、たとえば26分の長いトラックでも設定箇所にすぐ飛ぶことができる。再生したくないトラックを設定することもできて、傷あって無限ループするCDとかに使える。あとはさすがソニーという操作性で、本体にもちゃんと早送りボタンがありそのスピード感が心地よい。中身もしっかりしていて、発売から10年使ってるけど壊れる気配がない。 |
| MDS-JA22ES | 機械的な波形。空気感・生命感・陰影の濃さなどの素粒子的次元になるとテープと比べ物になんない。アンドロイドが歌ってる。デッキとしては秀逸でトレーの動きは滑らか。ボタンは豊富でRecレベルもタイトルもジョグで操作できる。ソニーのMDはポータブル機でもそうだけど、日付・録音時間が入るのがいい。 | |
| SCD-XB9 | SACDプレーヤー。ソニーらしく高域と低域を丸めた台形のバランスでトーンはマイルド。CD再生は苦手だが、SACDはそれなりに弦楽の骨密度高く空間にもエッセンスが張りつめている。 | |
| DVP-NS900V | SACDは良い録音のやつはもうタッチがふんわかと自然でデジタル骨格めいてなく 骨格などそもそも落ちている やっとマーラーの巨人が聞ける ニュアンスも深まりて それぞれの楽器は個性的でありつつ空気につながれている バイオリンが複数で演奏されるでなく 第一バイオリンに連続して第二バイオリンが織り成される。さすがは半導体分野で世界最高峰の技術をもつSONYの規格。でもSACD機としては古生代の音か。今まで聴いたことのない音質で楽しめるけれど、なんか映像くさい音を感じる時はある。あとハイブリッドDiscのマルチチャンネルを2chで再生すると、音量が落ちる。全ch複合されるからだろうか。2chではいい音だけどなにか全体的にキモかった。穏和なタッチの再生音はSACDっぽいけど、情報量の大きすぎる世界、まだまだ進化しているのだろう。 | |
| PlayStation | デジタル臭さとはどんなものなのか身をもって体験できる。やたらと苦しく耳に対して不協和な音でそのとき思うことは音楽は僕と表面的にしか付き合っていなかった。スピーカーとは実のところ人格の破綻した存在で、磁気歪や固有共振によって互いの波音が負けず嫌いに反発しあっているのが僕には見えた。また、これは現実には存在するものだろうか、俺は昔は悪だったとか、未完聖人が第三の目を嘯くかのような、、…過剰な付帯音は偽装だ。演奏家は自分でもうまく脱皮できないうちに殻は変色し粘着性を帯び、その糸を引いた隙間から一層目のイエローな輝きを光らせている、、精神はいびつな回転を為しそれらは相容れない色でマーブル調に反応しあっている、、早くこの音から解放されたい、、、 しかしそこで反逆し、それに耐えなければならない。充分に耐え偲んだあとで手持ちのCDデッキで再生すればなんてことだ…。性能の素晴らしさ、ハーモニーの数学的調和を涙とともに知ることができる。 | |
| PlayStation2 | ||
| TEAC | MD-10 | 今思うとかなり音がよかった。MDS-JA22ESのようにトイレでキバってない。当時この機械で録音したミニディスクをカーステで流したら滑らかさが違った。録音日付入るしキーボードが接続できるし理想的なMDデッキだったな。 |
| V-6030s | TEACはメカニカルな雰囲気で、V-6030sは低音がよく沈む。曖昧さがないタイトさ。V-8030sはもっと全体的な雰囲気でクラシックバランスと1995年のstereo誌には書いてあった。テープの表現力はなかなか味わいが深くて、その表現性はフィルムとデジカメの違いと同じといえばそのとおりで、磁性体の結晶のもつ形と質が音に変換されてるのだからベルクソンの時間と自由。低域方向は特にアナログの持ち味が出てるかも。 | |
| VRDS-25x | 情報量は信頼できて、音の色は濃い目に感じる。ラスタカラー。全体はDENONと同じく平面に包まれる再現。超高剛性な外観とのギャップでCDトレーは弱そうな動作するけど、壊れそうというわけではない。CDを上から圧着するVRDS構造で、いかにもごっつい造りをしているから相対的に開閉の動作がそっけなく感じるの‥。 | |
| VRDS-25XS | DACが16BITから20BITになって鮮度が上がったようだ。これは定価¥230000だけど発売2年ぐらいで10万切っていた。相当お買い得な商品でした。てかなぜここまで売れないんだろう。質量23kgって、アンプ並なのに。TAOCに間違えそうなほどの重量なのに。よっぽどオーディオというのは微細振動に拘る高尚な趣味ってことなんかな。まあ僕は三層構造のボディーが単純にうれしくて、100人乗っても大丈夫っとか言って試してるだけなんだけど。 | |
| Technics | SL-PG5 | 音質のほとんどはメディアの善し悪しにかかっている。3万のアンプと通常の2wayにおいては、同じ国産同士、年代の近いTechnicsとTEACとmarantzでは違いが微妙である。Technicsには独特の繊細さがあり、TEACのほうは中低域が厚い気がする。解像度に☆の数をつけるとしたら、VRDS-25xが五つ星ならSL-PG5も五つ星になる。5分の4もの差はない。10:9どころか、5795:5783ぐらい。人間の扱える言語はその瞬間時にはせいぜい5000〜10000語ほど。直截的な成分・表層意識の範疇においては無視しても差し支えない差異になる。それ以上はアウラとかヌース。感性で採点して差異が出る領域に入る。解像以前に、無意識の領域の整合性を求めたりメトロノームのKalistaみたいに聴感で練り上げてゆくのがオーディオ芸術の本街道。それが精神。それが音楽性。とはいえ僕の現実的な経済で語るなら、高級機は頑丈で長持ちなところが最大のメリットになるのであるが。音は良くても、天板に手を載せたら重心で中の回転に干渉してガリガリいってしまうようなSL-PG5の筐体では心もとないの。また同時に再生したCDは、SL-PG5のほうがVRDS-25xより10分におき0.1秒ほど進んでた。どちらがより正確なのかは知らないが。SL-PG5は回路のシンプルな爽やかさはあるけど、音像はやや硬く思えてくる。時間に比例して特徴が堆積し、無意識の領域だったものがやがて意識に昇ってくるのか。解像度では測れないなにかしらの差異はあった。VRDS-25xはエーテルが濃く、音調バランスが良く、何事も不足なくて疲れない。 |
| YAMAHA | CDX-1200 | ナチュラル。95年当時のモデルでもこのクラスにもなればデジタル臭いところは少なく堂々と唄う。CDX-1200は名機CDX-1050の次のモデルで重量があり解像度が高い。両エンドは少しちはやぶっているけど 各々の楽音は図太い(BGMユースならCDX-1050のほうが安心出来ると思う)。ソノリティはいまいちで、スウェーデンのS.A.Tから乗り換えたらソフトなタッチは完全に抜けてしまった。純度は損なうけどもう少し手を加えて全体の雰囲気をまとめてほしい気分もする。でも出るように出る出力で十分心にユーモラスな気分を与え、アメリカのトールボーイではYAHAMAトーンの効果もありプリアンプなくてもイケる音が出た。 |
| CD-S2000 | アンティックな趣向で攻めてきたYAMAHA。このデザインでは売れないかもしれないな、と思うけどモデルチェンジのサイクルが長くなってきている現在なら、現場ヌースを離れて人々が素に帰る時間があり、このデザインのよさも理解されてゆくということもあり。誰しも本職のこと以外にたいしては浅薄な観念しか持ち併せていないもので、温故知新を含む新しい概念も、今は理解できずともやがて理解されてゆくゆえに。サイトのほうをみると、ただのホームページではなくそこに"哲学"があった。売れ筋の製品開発を行ってゆく花形のジャンルではなく、時代にとらわれない味わいの深い製品作りを末長く続けられるこの世界だけに、単純にジンテーゼされた良さでなく、心の咆哮から涌きいづる物を作れば、マーケティングがどうこう以前に誇れるものになると思う。所有する人は同じくアイデンティティをも所有する。杞憂するばかりでなくそういうことを現状維持したい。 |