Pastoral Symphony Cz101

音楽を心から愛するあなたのための、高性能リビングボードスピーカー

Cz101詳細

高密度・忠実なmicropureの再現波形

世界最高レベルの音楽表現力
従来の小型スピーカーの概念を刷新する、素晴らしくリアルな臨場感を持ったスピーカーです。超小型でありながら、大型フロアー型スピーカーとは一味違う、 ハイスピードでがっしりした重低音再生が可能。従来は大型システムだけのサウンドであった、漂うようなオーケストラの低域感や、振動体感領域までの超低音域を再現します。また小音量再生時でも音楽のバランスを保ち、音楽のエモーションを余すところなく、リスナーに伝えます。オーク材の優しさが、リビングの 雰囲気を和やかにし、暖かい響きを加え、CDから演奏家の人柄を感じさせる演奏を間近に感じることができます。


型番 Cz101
構成 Micropure Sound Healing Technology 方式
バスレフ型 総ナラ単板製エンクロージャー
2way 2speaker
専用ラッキングアンプ(開発予定)によりパワード化対応
Low 13cm ゼアス社製 コーン型
High 20mm ゼアス社製 ソフトドーム型 磁性流体処理
周波数レンジ  53Hz以下-25KHz 能率 90db/w/m 8Ω
寸法 W= 182 H=291 D=245 質量4.75kg サランネット付属
その他 防磁設計
サランネットは〈アンティーク〉〈モダン〉の2種より選択可能
[標準価格]\298,000(ペア)
 これけっこう気に入った。一言で言うと森林のような音。オーディオオーディオしてない全体的に素朴で伸びやかな音。箱が活き活きとしていてユニットは伸び伸びとしている。
 子供を見ると癒やされる。またはむかついて虐待する。子供は忘れていた自然精神を思い起こさせるから。自然精神は原始的な処に通じているから。ゆとり教育にも人間さまざまな感情を抱く。理想論だと不安視する向きもあれば、損した気分を抱く人もいる。しかしゆとり世代を馬鹿にする世論が強いのもわかるが、生粋の素性を葉脈的に伸ばすには自然教育でなければならなかった事もまた現実である※。人間は、覚えて忘れて、教わったことも忘れて、ふと思い出したときに、考えるもの。管理教育では我慢強くはなるけどメンタル内で好き嫌いは助長され、詰め込み教育をすればキャパが足りず、歪んでしまうこともある。たしかに野ざらしでは野蛮人が増えるが、管理教育は平均的な秀才を生み出すも天才はほとんど育てられない。天稟とは果実のフルールのように、生態系のバランスように、人為によってスポイルされやすい性質のものなのである。(※:東京大学の学生は親に「勉強しろ」と言われた経験がないとの統計がある。強制しなければ本当に子供が勉強を一切しなくなるという諸刃の側面もあるが、管理教育はそのデメリットの側面が悲惨である。人間、嫌な記憶は忘れるがこれも種の保存の法則。10代の宝石の時間・努力は水の泡となる。落合監督配下の中日が強かった理由を考えると奥深い。落合野球は管理体制にあるがなにを基軸にしていたのかが問題。落合とイチローは前田智徳を天才だと言っているが彼のどんな側面が彼を天才にしているか。)
 さて、カデンツァはあくまで素性的だ。高域は地平に付随して乖離せず低域は余分な増加なく鳴っている。ヴァイオリンの調べは懐かしい木霊たちがどこ行ってたの?と語りかけてきた田舎での出来事で低域は山犬の夜の遠吠えを思わせる。あくまで主観的で世上の足かせにはならずとも大地の自然には溶け込んでいる。それが生き物の素性で何を生産するわけでもないし太陽と地球に養われている。ごろ寝をさせて神は馬鹿を養う(ロシアのことわざ)。
 このスピーカーで普段聞かないシューベルト聴いてたら遠い昔の記憶、といっても3年ぐらい前のことだけど、J.J.ルソーのエミールという小説を思い出した。そのあくまで人為的でない音に、自然そのものに戻ろうとする意図が感じ取れる。といっても、「森林のような音」というのはルソーの命題を暗喩しているものではない。一応。ナラのエンクロージュアの響きに因るところか、ほんと森林を感じられる音。ハーブでも入っていそうな。
J.J.ルソー 『エミール』





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