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洗脳の角笛(256)
1 名前:ナナシンクロニシティ (2007/01/10 03:39)
 

    
 


249 名前:ナナシンクロニシティ (2009/08/30 01:05)
善良な宗教と邪悪な宗教は違う。善良な霊性・邪悪な霊性、あるいは美しい音・醜い音、その形容詞などでも決まってくる。(霊性とか音とかそれ自体は判断に関係なく存在している)。もうそんなことどうでもよい。うまれたるままの心が崩壊しているからカルトになるのだ。崩壊していないのなら宗教になるだろう。


250 名前:ナナシンクロニシティ (2009/08/31 22:20)
善悪とか正しいとか間違っているは無意識の演算のうちにある。
宗教への偏見はカルト宗教によるストレス障害が主な牽引になっているが、
そうでない人の場合は危機感や吝嗇や虚栄心が主な理由になる。
そのイドラに気付けないことそれ自体もまた総合的に見てマイナスを生じているので
間違い(認知的不協和)に近い。魂の成長する方の足を引っ張ってる。


251 名前:ナナシンクロニシティ (2009/08/31 22:21)
我々は~を超えることはできない
かげぼうしを追い抜くことができないように


252 名前:ナナシンクロニシティ (2009/09/01 14:20)
『道徳は宗教の産物じゃない。ある宗教を産み出した文明の道徳観がそのまんまその宗教に組み込まれただけの話。順序が逆だよ。』という思想が蔓延しているようだけど、その思想に憑依を受けたまま、なにかに精通しようとした努力も、なにかの法則を自ずからの力で発見しようとした懊悩も、経験ないのだろうな。あるのは都合のよい態度のみで。
道徳は仏教でいうならダルマ(仏)そのもののことだろう。それは表現すれば一般的な世の中に於ける道徳にもなろうが、それ自体は明文化できるものでもない。ある道の天才が、何かの道を極めようした際、または何かの真理に干渉した際、敷衍しているそれを表現した時、初めて傍から見たら宗教になる。それを道徳的だとか芸術的だとか表現するのはいつも傍観者側なんだよ。


253 名前:ナナシンクロニシティ (2009/09/03 20:51)
普遍的なことを書こうとして教科書的になるようではそれは小さい普遍性になる。


254 名前:ナナシンクロニシティ (2009/09/09 23:57)
ある論理系があったとしても 別の視点が加わると崩れる
創造論 ← 進化論
また初めの論理系を崩した視点を補完する視点で 初めの論理系の補完説明がつく事がある
進化論 ← L'elan vital
創造論 ← L'elan vital
創造論と進化論はお互いに矛盾命題であっても、L'elan vitalが敷衍する事によって、創造論自身と進化論自身は単独では正しいということになる
それが論理系のうろ


255 名前:ナナシンクロニシティ (2011/04/10 13:02)
福井県敦賀市にある高速増殖炉もんじゅは福島原発以上に危険なようだが、
神に意思がないのなら運命は決まっている。
神に意思があるのなら運命は変わる。

(一般的に言うところの物理しかないのであれば、いつどこに天災が起こるかは、人間には予測できないだけであって、もう決定している。)
無神論なら潔く、生きるか死ぬか、既に決まっているという意気込みで生きれば良いと思う。
神毀損者は、神に導かれて安全な場所に居るようなこともないと思う。はじめからどうなるか物理的に決まってる。


256 名前:ナナシンクロニシティ (2010/02/05 07:37)
†χ◆χ◆χ◆χ◆χ◆χ◆χ◆χ◆χ◆χ†


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