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歴史に埋没しかけている音楽
27 名前:名前欄空白 2003/02/16 12:19
 
・交響曲第12番 
「私の構想は明らかにレーニンを戯画化したものだったために、私ははりつけにされるところだった。そこで私は仕事をやり直して3、4日で別な曲を書き上げた。それはひどい代物だ!」 初演はソヴィエト共産党の第22回大会において1961年に行われた。作曲家の友人たちは失望したが、批評家には好評だった。僕は普通のクラシックファンなので、あからさまでも熱情的でシンフォニックなほうがいいと思う。
・交響曲第13番
体制の中から体制を批判しようとする試みであり、従って失敗すべく運命付けられた作品だった。詩人エフゲニー・エフトゥシェンコは、「わが国および全世界の反ユダヤ主義の歴史に恥じ入った一ロシア人による詩」である『バービ・ヤール』を書いた。バービ・ヤールとは、1941年にナチス親衛隊が3万人のユダヤ人を殺害したキエフ近くの峡谷の名である。この詩を歌詞に選んだことは当然のごとく反響を呼んだ。当局はまず初演を何とか阻止しようとし、ついでそれ以上の演奏を禁止した。また、この作品の指揮を拒否したムラヴィンスキーとの仲違いの原因ともなった。
・交響曲第14番
この「死の交響曲」が書かれた頃、作曲家の健康はかなり悪化していた。「死はほんの始まりに過ぎないことを示すような、快活なフィナーレが望まれていた。けれども死は始まりではなく、本当の終わりだ。その後には何もない。何も。」12音技法が用いられ、曲の最後は明確な調性を持たない。死を前にして、イデオロギー的な譲歩は音楽語法の中から姿を消した。「もはや飛び立つことを望まない栄光の為に」書かれた作品なのである。
・交響曲第15番
ショスタコの一生の音楽体験の集大成であり、自作あるいは他の作曲家からの引用が多い。

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