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鸚鵡返し
1 名前:負のスパイラル 2006/04/14 07:17
発言に触れる目頭はニューロンの集合体アジマス
螺旋を重ねるも離れるも自分の意志力
雲化は拘泥から蒸発するに比例する

2 名前:ナナシンクロニシティ 2008/10/21 21:43
あはっ ^ ^;


…。^ ^;




あなたはバカなんですか? ^ ^;




あはっ ^ ^; あはっ ^ ^;





…。^ ^;




あはっ ^ ^;


…。^ ^;






あなたはバカですよね? ^ ^;

3 名前:ナナシンクロニシティ 2008/10/21 21:47


あはっ ^ ^; あはっ ^ ^;




…。^ ^;





あの…。^ ^;






…。^ ^;









コロシマショウカ? ^ ^;

4 名前:ナナシンクロニシティ 2005/01/07 22:05
 あるニートの小僧は「働いたら負けかな」と思う。そのたった一ニートの些細な思いにたいして「厳しい社会」でやっていけている人間が「労働の義務は?一体何に対して勝ちになるの?その根拠のない自信は?」みたいなわかったからってかんじの見解を寄ってたかって真面目に、それも2,3行では収まりきらず永遠に等しいほど長々と述べるのは今の自分に似つかわしくない甘いネクタール(神酒)の中をまどろみオナニーしていた過去の真実を、厳しい社会 ((しかしなぜに「厳しい」としているのか、最も知りたいのはその恐れの根源にあるものなのだが)) でやっていけているという真実めいた強さによる空騒ぎのような自信で、完全にねじ伏せ目の届かぬ遥か彼方へと消し去ろうとしているのだ、本能的に、自由主義の夢想を無くしたかわりに擦り切れ、やっかみと卑屈さにより磨いたその攻撃性で必死に・・・でなければなぜそれに感応する価値があるのだろう。なぜわざわざ高くに登ってまで批評する必要があるのだろう。強いとされるものにひれ伏す内弁慶の才能のない自分は、ただ生きているだけのニートよりも醜いという真実を真実だと受け止められず、一度しかない人生をニートほども楽しめていないというマジホンの真実を真実だとすれば恥じ入ってしまいかねない内的な現実を心の根深いところで恐れてはいないだろうか。だから素直に「自分もそうなりたかった」と言えば楽になるところを本気で「勝ち組みだと思う」発言に耐えられないのだ。違う?ん?ん?
 アーオーサー、そいうい自意識の過剰な人生は見ていて疲れないかい?それはおそらく彼らの口から出た負けず嫌いな思想に対して更に高圧的な文句を垂れなければならなくなるからだ。そこにあるというだけで足を引っ張る類のものは目のつかないとこにほうってしまうのがいいよ、オランウータンがバナナの皮にたいしてそうするように。

5 名前:ナナシンクロニシティ 2005/01/07 22:07
天皇が君が代がどうこう言って体制批判する奴には右翼に憧れてるか政治的にカリスマった香具師しかいないw まず自己へのこだわりを捨てて、神樂の調べにたゆたひたまへ

6 名前:ナナシンクロニシティ 2005/08/09 23:19
あのおやじ仕事できねぇ つかえねー
とかほざこうものならもう普通に接することができなくなる。そういう人は友達ができないから単純な者ほど明るく複雑な者ほど暗いらしい。脳から見れば壊疽ってるやつが暗いのに。
やがて孤立した人は言う・・・「自分の苦しみは所詮パンピーには理解できない。」
自業自得なのになに言ってんだろ。「血まみれ、パンピー血まみれ。」
エミールとか倫理学についてならまだとにもかくも [なつやすみのにっき] や道路標識の[止まれ]に対しても 「この世に絶対はないんだよね!!」
絶対はない。それはたしかに絶対なことだ。
でもそんなことわざわざ訴えかけるところに一体何があったの!?って感じ。
喚いてる系は弱い。

7 名前:ナナシンクロニシティ 2006/04/14 07:12
「イスラエルのほか、この世界のどこにも神はおられないことが分かりました。今この僕からの贈り物をお受け取りください。」(列王記 下)
この問答も一神教の正当化によくつかわれる。イスラエルのほか、この世界のどこにもYHVEはおられないことが分かりました。ならわかる。イスラエルで悪魔ではなく神と対話できる聖人はいるだろうが、彼には日本の神は神として認識できないのだろうか。いや聖人なら神を神だとわかる。彼はなぜそれを言わないのか。聖人だからなのだ。キリスト教を混乱させるのを嫌うからなのだ。かといって一神教が間違いなのではない。一神教はアートマンブラフマンとして優れた神観だ。今までいろんな人格を宿してきたけれど、本物は一つだった。小宇宙の理に適っている。

8 名前:ナナシンクロニシティ 2006/04/14 07:13
「あなたがたは、キリストと共に死んで、世を支配する諸霊とは何の関係もないのなら、なぜ、まだ世に属しているかのように生き、「手をつけるな。味わうな。触れるな」などという戒律に縛られているのですか。これらはみな、使えば無くなってしまうもの、人の規則や教えによるものです。これらは、独り善がりの礼拝、偽りの謙遜、体の苦行を伴っていて、知恵のあることのように見えますが、実は何の価値もなく、肉の欲望を満足させるだけなのです。」(コロサイ)
背景にリンクして読めば、ある部分は真実である。人に見せるための苦行をする聖人もどきが氾濫するのでこの手の批判に反動したのだ。でもこれを苦行者に負けじと他宗教批判に用ゐればなにも解決にはならない。何も成長しない。キリストは砂漠で40日間断食をした。ここまでいくと人間の限界なので命がけだが、判断食の効能は科学的に検証されている。しかし何事も動機の慣性のとおりにしかならない。

9 名前:ナナシンクロニシティ 2006/11/13 01:46
ファンダメンタリズムも科学至上主義も共にルサンチやら人間卑下からきているケースが多い。苛めの復習をしていては意味がないことを小学生時代に学ばないといけない。どちらかが先にそうした被害を受けて、共にその道に進んでいるのだ。その輪廻に呑まれて。
他宗教批判はいずれ裏目に出てくる。特定の聖典のみに権威を置くというのでは争うことにもなる(修羅界)。もちろん純粋な信仰ならば逆に高い霊性にも至る(この辺が諸刃)。まだ自身が信徒であるうちはよい。彼が聖書とキリストを何らかの理由で手放したときが問題だ。神を熱心に掲げていた者がその信仰を手放すと「穢れた霊は、人から出て行くと砂漠をうろつき休む場所を探すが、見つからず、それで出てきた我が家に戻ろうと言う。戻ってみると家は掃除されていて整えられていた。そこで出かけていき、自分よりも悪いほかの七つの霊を連れて来て、中に入り込んで住み着く。そうなるとその人の状態は前よりも悪くなる。」(マタイによる福音書12章43節〜45節)
この7つというのはチャクラ(意志・感情・知性・愛・インスピレーション・霊的・超意識の7つ)に相応するものだろうか。
何れにせよ負債の分だけ地獄に落ちるだろう。なぜならそう望まれてきたのだから。聖書に良く出てくる「滅びる」というのは「滅ぼされる」という意味だよたいてい。また自分が滅びようとする原理をほかのものにコンバートしようと思っても殆ど無駄だ。それはその目論みのとおりにしか伝わらないのだから。霊のことがわかってない。人に好まれるようでなければ霊にも好まれない。もっと柔和になるべきところ、因果して、地獄へと落とされるのだ。その後唯物論に陥っても仕方ない。それは唯識哲学の毅然たる態度とは違う。現実的な霊障から目を背けているだけだ。ファンダメンタリズムに進むのなら、それくらいの覚語はあるんだろうか。純粋に信じる人は少なく、自尊他毀の手段に転じている人間があまりに多いのを愁える。暗在する世界をなめてはいけない。怨念の坩堝に嵌れば簡単には抜け出せなくなる(蟻地獄)。
唯物も裏目に出てくる。神の加護を拒むのだから憎しみを殺す愛の助けが届かない。要するにカルナーとかマイトリーのオーラを運んでくるのだが。受け付けない。
Sin=宗教的な罪 Crime=法律上の犯罪
殺すと思うことは既に罪[Sin]である。それを裁く資格のあるものは神仏聖人のみである。しかしその不可侵の領域に入る存在物がいるから自棄を起こすのだろう。

10 名前:ナナシンクロニシティ 2006/11/14 21:02 [URL]
口■■口■■口口口■口■口■■口口■■口■■口■口■■■口口■口■■口口■口■口■口■■口口■■口■■口■口■口■■口口口■■口

カミはいないいないといっても神社になどに行けば数式の思考ではない思考へ >+>+>「嘔吐から誕生して」追いかけてくる「醜女たちが野ブドウを食べる間に」逃げて「うけいで勢いづいたスサノオは祭壇に脱糞まくって」「でもうけいの結果からアマテラスそれらを善意に受け止めて」タケミカヅチは「諏訪まで追いかけて」・・・人間の物理を離れられない思考では及びもつきまい。
無秩序で自由で原始だったものがいつしか本殿を住居とす。
霊性を感じ取れず、いるかいないかわからないならそれらの存在は悪く言わない方がいい 損得で勘定するなら。
自分が発する言語は唯識的に考えても、全部自分に返ってくる。それ以前に既に輪廻は始まっているので"発する言語が自分だ"。本性においてはsignifiantとして発されたsignifieのとおり。唯識だから、外部にある霊とは違い、否定のしようがない。いや逆か。とはいえ普通は、ほうっておくのだ、しかしなぜわざわざ否定せざるをえないのかというと・・・怨恨、恐怖、自己保存、棄損衝動 あるいは思想を持つ何かしらに促された布教活動memeとか...... もしもそれらが存在するのなら、詩才のあるものたちによく示唆されるとおり、危険だとか。能力のないものたち。それは不意なる事故とか。離れようにも離れられない思念にとらわれここにある怨念の渦に呑まれるとか。祟りは慣性によるところとか             向こうの方が力量が上だからとか。
そもそもこちらのほうが上なら祟れまい。ふむふむ、霊威嚇って、愉快だな。玉蹴りよ。玉蹴り。自殺の名所、地獄絵、事故現場を通る時、死人の顔に別れを告げた後、唯脳論のハザマ、厄にたいして、厄をもたらす邪心にたいしても、神霊にたいして、その本殿から溢れるまでのオーラにたいしても、自己否定で存在否定、すれば、大丈夫。近親交配しないから。

口■■口■■口口■口■口■口■■口口■■口■■口■口■口■口■口■■口口口■口■口■口■■口口■■口■■口■口■■口口■口■■■口

11 名前:ナナシンクロニシティ 2006/09/28 18:33
汗をかくことはよい。汗腺が発達するのでバテにくくなる。あるあるでやってたけど汗腺が少ないと一部の汗腺に負担がかかる。汗腺が疲れてサラサラ汗ではなくミネラルを大量に含んだ汗になるから体はさらに疲れてしまう(夏バテ)

12 名前:ナナシンクロニシティ 2006/10/14 10:41
和解したあとなぜか強烈な霊が来る。和解したときは快い空間であったはずなのに。なぜだろう。それを分析するに、悪因縁に縛り憑いていたものだったと思う。こちらを強烈に怨んでいる間に呼び込んだものなのか何なのかは知らないが、解放された瞬間から宿業と行き場を失い、残留思念の方向性に乗って、また解放エネルギーの慣性に乗って、あちらこちらへ行き交うのだろう。おぼろげだが、暗澹たる面相だった。霊は、至近距離ほどはっきりと見えると思った。それはソファーに寝てたときで、猫が部屋に来たのぉと思ったら霊でビビッた。顔のまん前を通過して、壁のほうへ行き、そのままそこにいたと思う。気配はあった。メラッメラッとするのが時々見えた。モノクロの暗澹たる霊性。移動するときにはメラッメラッとまた見えたりした。それが寝ている足元を通り過ぎるとき、いきなり肉体が恐怖に襲われて、ひゅぅ〜〜とかすかに聞こえる呪いめいた負気に、磁石同士がくっつくかのごとく一瞬でとり憑かれた。神は人の肉体など獲ろうとしないが、悪霊にぶわっと来られたとき、勉強して頭に入ってる神の理を思い出し、それが恐るべき世界の情報だと認識して感動する。魔から神が対比させられる。その普段情報でしかなかった霊的真理がいきなりリアルに髣髴として感動するのだ。でも心は冷静だが足腰は異常な振幅で震えている。そういえば以前は首を縛られた。すぐに解かないとハマってしまいずっと金縛り状態のままになる。それでは負けを認めたことになってなんかプライドが許さないので、光明真言を唱えた。寿命が縮むの嫌だし。速攻抜けたけど、あの死神は成仏できたんだろうか。次に心経を唱え心地よい霊気に満たされていたけど伝わったんだろうか。あの暗澹たる霊性のままではまた人に被害を与える。あるいは元の人の居心地都合のいい体内に戻るか。死神ではなく戦死者か、普通に先祖霊か。何にせよ、もとの霊性を色とりどりにしてあげなければ、いつまでも人から奪ったプラーナで生き続けることになる。おんけんだやそわか。

13 名前:ナナシンクロニシティ 2008/10/24 23:47
脳内における『自分は正しい』ャn繧アれは非我にたいする呪詛にしかならない。
霊性における自分の『正しさ』ルN客観的なものは稀有。満遍なく正しいのであれば人をも導く。満遍なく照らす明るさで人を恥づらいにて自ずから気づかせる。がPフy恥づらいから翻して『自分は正しい』候潜ネ相手は自分が信じるように『劣っている宗教のもの』ツンツとされる脳の場合はまた呪いのカルマを積み重ねることになるだろうHナI
アヴェルを呪うことの恐ろしさよRSム。負の螺旋階段に嵌っていることに気付かない歩行者の脳内における穴の穴の小さい自分の正義とはいかなる橋梁なりてスパイラるものだろう。人は先ず自分に正直に生きなくてはならない。

14 名前:ナナシンクロニシティ 2008/10/25 13:22
人は水物である脳力を慢心する。のぼせていられれば酩酊するが、酩酊することにより朽ちる。脳力は朽ちると更に朽ちる。脳はストレスに弱いから。脳力を誇る者に矜恃を傷つけられてさらに朽ちる宿命にある。下界はそういう輪廻にある。
我のない者が適性脳力がないゆえに更に滅ぼされて更に脳力を失っているケースもある。タイプAがタイプCを生み出すような環境で。ファシズムにせよアルカイダにせよ怒り狂っている指導者は×である。自分は正しいのだろう。怒る性質の良し悪しが一流か中小の違いに現れるところはあるが、怒る自体は人間の劣化である。自分は宗教上・職務上、正しいのだろうが、往々にして「声の大きい人間に悪い人間はいないのよ」という細木数子の論理のレベルに終わってる。確かに本能的な者はストレスを溜めず精神的に楽をしている分人間も歪まないが、周囲は病んでいる。本能的な者は主観的なのだよ。
工場は一部上場ならまだいいけど中小になると環境が悪くなる。その「環境」とは人間が悪いとの意味であることも含まれている。小さい分、良い人間ばかりが集まっている場合もあるが、割合的にそうでないことの方が多い。下請けの下請けになるぶん無意識に上に合わせる常識形態になっていたりする。親会社のとばっちりに近い。
人は見た目ではわからない。顔つきが悪い人はその素性が悪いのではなく、経営上タイプAが重宝される環境による被害者なのかもしれない。世界が狭い上に劣性に包まれていては桐壺も死んでしまうだろう。
引きこもりが働かないのには原因がある。人間は動物である。劣化した思想により自然環境が劣化すれば人は余計に動けなくなるだろう。人間は自分たちの楽や便利のために他に負担を強いている。先の見えない者は今更しょーもないecoでストレスを溜め込まず、無法地帯の勝手放題で長生きもできるのだろうが、環境はますます病んでゆく。所詮彼らが大きな口で語ることは、その活動性に応じて主観論なのだよ。本当に面白い人は反省もしている。
記憶力も分析能力も身体能力も顔つきも、すべて水物である。それを矜恃するほどリバウンドも大きい。

15 名前:ナナシンクロニシティ 2008/11/02 02:06
車を作るために会社に車で移動する。車を買うためにアクセクと働く。動力や労力の何パーセントが生活に寄与するために使われているのだろう。不景気になると資本主義の世界はほかにやることなくなるから仕事を焦って探す。ボーナスがなくなるなら金のかからない有意義な事、読書とか近隣の神社仏閣や墓参りぐらいすればいいのに。循環するものは無常のものかどうか。金は大切だが(金で人が動くので)虚無なるものである。空即是色じゃない。反面霊性が安らぐ、または子供が笑顔で笑う風にすることは、その幸せが後々に変容して続くうえ、散らかったものを整理するような、0からなにかを作曲するような貢献になる。ただ数字の奪い合いやエネルギーサンプションをしているだけなのとは違う。

16 名前:ナナシンクロニシティ 2009/09/08 19:31
この先医療の発達や環境問題や社会の無宗教化によって人間は劣化してゆくので
ショタとかロリータ又はDV,虐待,育児放棄はますます増え続ける事だろうな
子どもしか神の純粋な魂を引き継いでいない…その魂は自然でこの環境下すぐに体力を消耗する
また死滅後にはそれに感応しなくなるのでその尊さを神社の営業文句と捉えるようになる
二十歳になっても恋愛できればその相手にリビドは自動補正され,クピドも枯渇しないが
今や薬品に溢れ思考は人工的になり対象は喪われている…性にも二極化のような悪循環がある

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