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チラシの裏
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33 名前:ダークマター 2006/09/15 22:06
あとがきとは言い訳なのか、電突対策なのか。その両側面の内幅を拡大することこそが、人類の進歩ともいえよう。ちなみにわたくしは夢枕で書いてる。
意味深。意味深とは、相手が神であれば神秘であり、ネガティブには不正である。人が意味深を、本質的に惧れたり悪心したりするのは対象の不明確性そのものではなく、対象の不明確性にコードを合わせる場合にある。
森羅万象のうちのごく一側面を表しているそれが、真実であれば人は拒絶するか捏造とするか解釈の一側面と見做すか霊的昂楊で同調するかであり、非真実であれば高揚のない同調かかわした気分になる。なぜ人は仏性と神性の区別がつくのだろうか。真実のうちにも程度の高低があって低い真実は気が荒れて高い真実は身が平滑化する。普遍的真実とはすなわち絶対的本質であって芸術化も哲学化もしうる、神としてのあらゆるすべてである。真実に儀式が伴うと真実のエネルゲイアは拡大し、人は極度に拒絶するか極端な論法で捏造扱いするか遠方から見おろすかその存在になってしまうかである。-誤謬
誤謬には賛否がある。この、可能性を限定してしまう、あまたより低い真実からは解放になるが、高い真実を誤解すれば悲劇が生まれる。ツァラトゥストラは神を殺した誤解により殺された。ニーチェのいう神は、ヘーゲルのいう絶対的本質としての神ではなくストーリーになる神という人だから魔も神になりうる。その魔は絶対精神から逸脱した悪ではない。
もしも意味深が悪魔の倫理からくるものだとしたら。神性の発露を起点にしているものだとしたら。それを恐れた分だけパラダイムシフトも清々しいことだろう。

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