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La Rochefoucauld ''Maxime''
1 名前:ナナシンクロニシティ 2007/03/28 23:18 [URL]
 
"Nos vertus ne sont plus souvent que des vices deguises."
「われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない。」

ラ・ロッシュフコーは確かにペシミストで、失明しても人間のあらわな姿を見ることをやめなかった。その眼を持つと自分も不幸になることにはならないだろうか。彼とは全く正反対の気質から説いた、アランの楽観主義を引用して考察。
彼によると、不幸な予言は「信じないでいることは、はじめはやさしいが、やがてむずかしくなる」ものだが、この物の見方によれば、偽装も「気にしないでいることは、はじめはやさしいが、やがてむずかしくなる」ことになり「『気にしないでいられるというのなら、なぜ美名のもとにひそむ打算や自己愛を暴いた見識瞥に嗜もうとするのでしょうか。気にしない人はもとより気にならないというのに。』ということで偽装と化すマクシムから抜け出せない罠がつくられる。」と続くだろう。(アラン「幸福論」目次番号25『予言』より)
たしかに彼の眼によって見せかけの真実の裏、本当の姿というタブーを気にしないでいることができないようになることはあるにはあるが、それは通常、タブーを知りたいというビュルレスクな願望の表れで、その願望は不幸を生まないだろう。耐性も得られる。
アランは「『われわれはいつでも、他人の不幸に耐えられるだけのじゅうぶんな力をもっている』とは半分しか真実ではない。もっとずっと注目に値することは、わたしたちはいつでも自分自身の不幸に耐えるだけのじゅうぶんな力を持っているということだ。死ぬほうがましかも知れぬ状況においてもたいていの人はできる限り生きる。」と分析している。(目次番号59『他人の不幸』より)
アランの幸福論は幸福を暴くような記述が為されている。不幸な人が見逃しがちなプラスの側面を暴くやりかたはラ・ロッシュフコーのそれとは逆だ。
アランが言うように微笑めば、不幸な人があまりにもやろうとしない滑稽な考えをしようと試みれば、あらゆる種類の不機嫌を忘却の中へ投げ捨ててしまえば、また、いらだちを維持するのに適した固い姿勢や、不幸なひとがあまりにもやろうとする自分の不幸の倍化、自分の不機嫌を是認してその正当性を断乎として請合うことをやめれば、箴言集はまず生まれなかったであろうが、しかしこの箴言集は彼のシニカルな苦悩の産物でもある。エセモラリストのシニカルを装った文学ではない。たとえば人生を暗くする親切、陰鬱ほかならない親切というものがある。人は一般にこれを憐憫と呼んでいるが、たしかにこれは人生の禍いの一つだ。でも文芸には悲劇のもつカタルシス構造があって、偽装された悪徳もまた美しい。一つ一つサロンで辛辣に奏でれば、暗黙も次第に明るみを帯びてゆく。もとより文芸の遊びを真に受けて哲学の応戦をやっててはいけない。ビュルレスクな面白みを、面白がるところにマクシムの威力が発揮されるというもの。
またかの厭世は、社会を頽廃させる類のものでもない。血が多いか少ないかが躁鬱病の原因だと突き止めた心理学教授の研究成果を信用して考えるならば(目次番号3『悲しいマリー』)、彼の苦悩は彼自身のもので、われわれには体質的に関係ない。冒頭にも神の恩寵に授かられている人には関係のない物事なのです、と断りがあることは、やや見落としがちな観点かな。

18 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 20:45
助言の求め方与え方ほど率直でないものはない。助言を求める側は、友の意見に神妙な敬意を抱いているように見えるが、実は相手に自分の意見を認めさせ、彼を自分の行動の保証人にすることしか考えていない。そして助言する側は、自分に示された信頼に、熱のこもった無欲な真剣さで報いるが、実はほとんどの場合、与える助言の中に、自分自身の利益か名声しか求めていないのである。

19 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 20:48
あらゆる詭計の中で最も功緻なのは、相手の仕掛ける罠にはまるふりを、巧みに装って見せることである。それに、およそ人は誰かを騙そうと思っている時くらい易々と騙されることはないのだ。

20 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 20:51
知性(l'esprit)の嗜みは、上等(オネット)で繊細なことどもを考えるところにある。

21 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 20:53
われわれが不信を抱いていれば、相手がわれわれを騙すのは正当なことになる。

22 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 20:58
われわれはしばしば自分より有力な人たちを愛していると思いこむ。がしかしその友情は利欲だけから出たものなのだ。われわれが彼らに尽くすのは、彼らによいことをしたいからではなく、彼らからよくしてもらいたいためなのである。

23 名前:ナナシンクロニシティ 2010/08/03 01:20
人はふつう誉められるためにしか誉めない

冒頭の「神の恩寵に授かられている人には関係のない物事なのです」(>>1)の断りを見逃さずとも、箴言集には若干、腑に落ちない箴言がある。
誉められるためにしか誉めないならば、可愛い子を見てかわいーっと誉めるのはなんのためにか。神に誉められるためにか?自分の被造物をわかってくれて。まぁ可愛い子を誉めるに誉めたからとてどうしようもない気持ちは残っていて、なんのためにか、なんですっきりしないのかと追求すると、実はそれに気づけなかったからかもしれないが・・・。すずめに森の音にラベンダーの香り、自然に忠実であるものは美しい。(逸脱すればグロになる)。その、~にありのままであるものが美しいと気づいてれば、心もすっきりするかもしれないが。
「下人は誉められるためにしか誉めない」のほうがよかった。


24 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:00
真実は、見せかけの真実が流す害に見合うだけの益を、世の中にもたらさない。

25 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:06
もし自分に傲慢さが少しもなければ、われわれは他人の傲慢を責めはしないだろう。

26 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:08
われわれの持っている力は意思よりも大きい。だから事を不可能だときめこむのは、往々にして自分自身に対する言い逃れなのだ。

27 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:10
死を解する人はほんの僅かである。人はふつう覚悟をきめてではなく、愚鈍と慣れで死に耐える。そして大部分の人間は死なざるを得ないから死ぬのである。

28 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:11
友を疑うのは友に欺かれるよりも恥ずかしいことだ。

29 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:15
われわれが友情にかけてこんなにも変わりやすいのは、心の善し悪しを知ることは難しく、頭の善し悪しを知ることは容易なためである。

30 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:30
偶然に理(raison)を見つける人は条理をわきまえている(raisonable)のではない。理をよく知り、見わけ、味わう人であってこそそう言えるのである。

31 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:31
物事をよく知るためには細部を知らねばならない。そして細部はほとんど無限だから、われわれの知識は常に皮相で不完全なのである。

32 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:34
他人に対して賢明であることは、自分自身に対して賢明であるよりもたやすい。

33 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:36
大人物とは凡人よりも情念が少なくて美徳が多い人ではなく、単に凡人よりも大きな志を持つ人である。

34 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:39
われわれは、自分と同じ意見の人以外は、ほとんど誰のことも良識のある人とは思わない。

35 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:47
おなじ頭を使うなら、この先身にふりかかるかもしれない不幸を案ずるのに使うより、現にわが身にふりかかっている不幸に耐えるために使うほうがよい。

36 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:49
見たところ滑稽だが、隠れた動機はごく賢明かつ堅実な行動が無数にある。

37 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:50
自然が麗質を作り、運命がそれを活かす

38 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:51
運命は理性の力では直せない数々の欠点を改めさせる。

39 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:54
自分が貴族であることをむやみに大切にする連中は、えてしてその身分の因って来たる淵源を大切にしないものである。

40 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 21:55
友達の友情が冷めたことに気づかないのは、友情に乏しい証拠である。

41 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:01
社交界に新しく仲間入りする若者は、おずおずしているか、そそっかしいか、どちらでなければならない。有能そうな落ちついた様子は、ぶしつけだとされるのがふつうだからである。

42 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:05
毅いところのある人だけが真の優しさを持つことができる。優しそうに見える人は、たいてい弱さしか持たず、その弱さは容易にとげとげしさに変じてしまうのである。

43 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:09
精神(エスプリ)は怠惰と慣れから、自分に楽なこと、もしくは自分の気に入ることにしがみつく。この習性が常にわれわれの知識を一定の限界に閉じこめてしまう。そしてついぞ誰一人として、自分の精神をもっと拡げ、できるだけ遠くまで導こうなどという努力は、してみたこともない。

44 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:12
最も微妙な狂気は最も微妙な叡智より成る。

45 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:15
ちゃんとわかる人にとっては、わけのわからない人たちにわからせようとするよりも、彼らに負けておくほうが骨が折れない。

46 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:18
立派な行為を心から誉めたたえることは、いわば自分もそれに一枚加わることである。

47 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:19
偉大な資質を持って生まれたことを示す最もまがうかたなき印は、妬みを持たずに生まれたことである。

48 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:20
友達がわれわれを欺いた時は、彼らが示す友情には無感動を返せばよいが、彼らの不幸にはやはり痛みを感じるべきである。

49 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:26
新しさの魅力は、恋にとって、もぎ取る前の果物の表皮の白い蝋粉のようなものである。それが与える光沢は消えやすく、そして二度と戻らない。

50 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:30
謙虚とは、往々にして、他人を服従させるために装う見せかけの服従に過ぎない。それは傲慢の手口の一つで、高ぶるためにへりくだるのである。

51 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:31
能を隠す術を心得ることこそ大いなる能である。

52 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:33
何人も悪人になる強さを持たない限り善良さを称えられるに値しない。それ以外のあらゆる善良さは、おおむね、怠惰か意志の無力に過ぎない。

53 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:35
大方の人に関しては、彼らに害をなすことは、彼らに恩恵を与え過ぎることほど危険ではない。

54 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:40
栄光への憧れ、恥への恐れ、立身出世の胸算用、暮らしの安楽と愉悦への欲望、そして他人を蹴落としたいという執念、こういうものが、人びとのあいだでもてはやされる、あの武勇なるものの原動力であることが多いのである。

55 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:42
完全無欠な武勇と全くの怯懦とは二つの極限であって、人はめったにそこまでは行かない。

56 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:43
完全無欠な武勇とは、人前ならやって見せられるであろうことを、誰も見ていないところですることである。

57 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:45
狂気なしに生きる者は、自分で思うほど賢者ではない。

58 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:48
栄達を伴わない偉さはあるが、何らかの偉さを伴わない栄達はない。

59 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:51
自然はわれわれ自身の知らない諸々の能力と才覚をわれわれの精神の奥底に隠したらしい。情念だけがそれらを掘り出す権限を持っていて、時どき、人為の及びもつかない確実で完全な見識をわれわれに持たせるのである。

60 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:53
われわれは生涯のさまざまな年齢にまったくの新参者としてたどり着く。だから、多くの場合、いくら年をとっていても、その年齢においては経験不足なのである。

61 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:55
われわれの最も立派な行為も、もしそれを生み出したすべての動機を世間の人に見抜かれれば、われわれはしばしばそれを恥じることになるだろう。

62 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 22:58
一種類の才気しか持っていないと、人を長く楽しませることはできない。

63 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 23:00
われわれは、たとえどれほどの恥辱を自ら招いたとしても、ほとんど必ず自分の力で名誉を挽回できるものである。

64 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 23:02
どんな人でも自分の長所のひとつひとつについては、最も尊敬する紳士より自分のほうが劣るとは思わないものである。

65 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/05 23:04
いかに世間が判断を誤りやすいとはいえ、偽の偉さを厚遇する例の多さは、真の偉さを冷遇する場合をさらに上まわるものがある。

66 名前:ナナシンクロニシティ 2007/06/07 01:11
かち得た名誉はかち得るべき名誉の担保である。

67 名前:ナナシンクロニシティ 2010/08/07 01:58
愛する人に、本当のことを言われるよりは、欺かれている方が、まだしも幸せなときもある。

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