些細なことで崩れる安定感がいらない。昼夜の移り変わりで崩れる空のように崩れてゆく。昨日、おとといPsYが死にたいとかゆうから死にたくなってオネゲルの交響曲第1番第2楽章とかフルトヴェングラーの交響曲第2番とかの重い曲を一緒に死ねたらいいなとか考えつつアーノルドの交響曲第4番とかシマノフスキのスタバトマテルとか瞑想的な曲をこのまま本当に死んだらどうしようどうなってしまうんだろうとか考えつつラウタヴァーラの鳥とオーケストラのための協奏曲とかシェーンベルクの浄められた夜などの冷たい曲を死ぬ子は頑なに変容することのない確実な純粋さを生得的に得ている子ばかりで世の中の極度の辛らつさはそんなところにあるなとか悔しく思いつつノーチラスの爆音で泣きながら聞いていた。夜友達に誘われてクラブ行ってYURAIという人のLIVEみる頃にはあの踊り神々しくてこの歳になってもまだ鮮明に録画することができるのか、再生ボタンおすと仙人みたいな白いふくきた長い左右ふたつのドレッドがかっこいい間僕は再前列にいてその神々しい踊りの中にゼウスをみて僕はクラシックしかほとんどわからないけどそんなもの関係ないよさがあった。3時ごろには妖艶な宴が始まりバーのうえで踊るダンサーの踊りがいっそうなめらかで腰のくびれはいっそうくびれてた。感覚と波長が同期すると世界に吸い込まれるんだな、特に管弦楽ほど深い旋律でもないはずだけどその音楽は心地よく、唯識的にいえばこれも芸術なんだろうなぁなんて考えつつPsYはこの世の100分の1も楽しみを知らずにいることを教えたくてももう死んでいるかもしれない・・・PsYは誰よりもあの板を愛していたけど別の因子に汚染され変容してきたことをとりとめのない雑談で僕が確実な形をもって示してしまっていたんだ、頭のいい子だからわかっていることはわかってても偽装をしないほどにピュアで邪にたいしてナイーブなのにそこまで気が回らず僕が耐えれないものを本当に耐えれないにしてしまった・・・あの世界が崩れてゆくのに耐えられなくなり死ぬ決意をしてしまったのかもしれないなんて嫌な直感が走ってきたけどどうか現実ではありませんように、などといろいろ連想が連想を呼びつつ踊りつづけて地下鉄の音ヤバいテクノとかアホなこと言いつつ帰ってパソコン開けたらPsYは死んでなくてよかった ナイーブで死ぬの怖がってて助かった。疲れて10時間寝て起きたら想像するもののすべてが空疎で全てを許すことのできるどうでもいい気分のまま千と千尋とか銀河鉄道の夜とかドラクエYとか聴いてた。