電車の中、 PSYみたいな顔した子が向かい側に座った。動作が機敏で、横着で子供っぽかった。学校帰りの時間帯だった。僕のとなりには保護者らしきおばさんがいた。その子の横着さは虚勢だとか悪心だとかに無縁だが、教育者らしき本能で「座席に足をあげたらだめ」だとか注意していた。その子も反発することもなく屈託のない笑顔で姿勢を正した。そんな在来のメソッドが導くのは「人間の本質にある良識のあり方」そのものであった。
私服だからなにかしら問題のある学校なのかな、あるいは学校ではなくて。でも落ち着きがないところとその動きが突発的なところを除いて、病的ななにかにつながる要素は見当たらなかった。仲間の子には少し病的なところはあったけど。彼は通路越しに仲間に話しかけていた。軽蔑や不遜な態度はなく、馴れ合いな本能で話しかけていた。この子は保護者らしきおばさんに「いつもこの時間帯なんですか?」と聞いていたが、結局彼らはどんな集団でどんな関係なのかはわからなかった。
そのおばさんにパンを渡されたときの態度がかわいかった。
「これあったかい。できたてほやほや? うまそう。」
「家に帰ってからね。」
「はいはいっ。」
「ん。」
「家に帰ってからタバコ吸いながら食いたい。」
「だめ。」
この子はこのおばさんを親みたいに信用しているんだなぁと思った。教育者相手に「タバコ」なんて単語はいたずらな口調ではなかなか出てくるものではない。この人に完全にじゃれていた。また、この人は他の子が鈍感だからか、この子を安心して贔屓しているように思えた。そして、それも仕方がないな、と思った。
そのおばさんが電車を降りる際にまたなにかを渡そうとした時には「一生懸命働いたお金なのにもらえませんよ」と必死に断っていた。ただの遠慮やスノッブではなく、相手の生活を案じるところからきていた。あの子からそんな言葉が出るなんて、ショックだった。まだ17ぐらいなのに・・・ コンプレックスに酩酊してしまった。
ここまで献身されるのもわかる。格別に純度の高い子で。あの子にもしもなにか問題があるのだとしたらその社会不適応なほどの純粋さだろう。元来人間に備わるある種の美しい徳性を、単純な形で伸ばしきったような明瞭感のある純粋さがあった。あの子供っぽさには、少年としてのものではない独特の気品があった。普通にかっこかわいいなら、いくらでもいる。でもあの気取っていない素性的なかっこいさには圧倒された。 今までに見たどんな人間よりも、質が高かった。