「楽器の普及とオーディオ技術の向上で音楽が希薄化してはいないだろうか」という天才音楽家の問いかけ、「子供のように邪念なき欲求が最大の発展をもたらすのである」という有徳な宗教家の教え、「この世は興味あるもので満ち満ちている。こんなすばらしい世界で、だらだらと人生を送るのはもったいない。」という万能発明家の考えなど、内容は簡単であっても反芻すべき格言はたくさんある。難解なことでなければ知る価値がないなんていう倒錯的動機を是認するところには不協和の源泉がある。

 秀才は知的論理を論点先取で積み立てると時に秩序を崩壊に導く。神および自然の業を蔑み、純粋な精神を理不尽にあしらって、一体何の効果があるんだろう。なんであれその衝動自体は間違えている。妬んだ・笑いは左右で調和していない。芸術的に面白いので跳弾に当たって目ん玉飛び出してしまえ。
 "Collateral damage from fatally different"
 秩序の原点には+⇔−調和がある。しかし {(+⇔−)⇔(+⇔−)}⇔{(+⇔−)⇔(+⇔−)} 大きくなるにつれて、どこかで (+⇔−)←・→(+⇔−) 反発が生じてしまう。

 この広大な世界に対応しきる必要はないが、包括的な見方はしたい。バランスを欠いて動物以下になった人間はまず動物的調和に生きるよう心がけよう。
 そしてHumanismを保持しよう。
 母鳩は雛が凍えないよう、真冬の外気から囲っている。愛とはまず親に与えられるもの。子供は与えようとしていなくても親にはちゃんと返している。そういうものだ。これは親になれば馬鹿でもわかることだろう。親にお金を返さなければならない?そんな下賎で見せしめめいた考え、捨ててしまえ。
 形においても内容においてもインプットアウトプットの関係はイコールになる。結局のところ、環境の愛の内容がおろそかだったんだろう。そしてこれ自身が気づくことから遠ざかる要因にもなっている。
 善は精神の糧であり、愛があればイコール以上のものを生み出すことができる。生み出させることもできる。
 カビはもともと分裂増殖する生き物だけど、厳しい状況に置かれるとオスとメスに分かれて有性生殖するようになる。肉体的な快楽のように、精神的なスケールも交歓によって倍加してゆく。侮蔑は破壊によって応えられ、愛は協力によって応えられる。だから自分の発展を願うならば、第一に人間への慈愛がなければならない。そんなものは科学者に証明させればいい。いや違う、科学者さま、この宗教的な確信を、証明してください。。そういえば笑いの健康法についてのスレッドがあるけれど、これは…科学的な証明ではない。。依然宗教哲学の領域であり、現代の物理学者であっても難しいことだね。残念な人たち。


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