− 思考のプロセス −


「俺も丸くなったもんだ」 とか言ってる人間をどうしても素直な目で見ることができない。
寛大な人間なら気に留めないだろう。でもそんなたわごとにはその人生を必要以上にリアルに表現してしまうことにもなりかねない、一つの思考のプロセスが潜んでいる。
「昔はワルだった」 というセリフに内包されるもの −完全な背徳に憧れる少年期、それを堂々と遂行できずにいた人にはわかる。人格形成期に遂げることができなければ一生手に入れることのできない類の自己… それを実現したものを羨望し、あしらうも、それに敵うことはないことと、時期を逃せば後付にしかならないことを知っている自我のみが成しうることのできるつぎはぎの自己表現 ・・・でなければ口にするには至らない。


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でも詐欺師ならば全てをヴェールに包み込むことができる。

自己正当化の仕方が貧相な人間の人生は決して貧相ではないが、豊富な正当化の様式を備えた人間は知能的だがその世界には詐欺師的な寂寥感が漂う。
極度に辛辣な人生を送ってきた人間は(それに至るのも知能的な徳性だろうが)、本物の恋愛を経験してきた人間のように、物理音を立てず、それと感じさせずに駆け引きをする。
世の中には言い訳とすら感じさせない正当化がいくらでもある。それらはどれほどいびつな様態を示していようとも、他人には理解できるはずもない恣意的でかつ深大な思考のプロセスまで完全に覆い隠されている。それを知ろうにも光すら吸収する引力をもつブラックホールのように生目にすることは物理的に不可能で、思考の内側で電気を発するも、- 光を発していない -
しかし一つだけ方法がある。
ブ ラ ッ ク ホ ー ル の 周 辺 に は 光 が な い 。
その静けさを読み取るのだ。