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ゆ・め

 神道神髄より。
 「神道の奥義といふものは、一人二人の者が悟つておこなうふ、といふやうな道ではない。
 天下の人が、残らず日々の事業(職業・勤め・役割)にかけて、それぞれの道における道理に従って行はねばならないのが、即ち神道である。
 たとへば、いかなる者も、大君(天皇陛下)に忠誠を尽すのは、即ち、死後に天上へ無事に帰れる道に、ふさわしいものである。
 いたずらに神々の名をそらんじ、神の奇跡を講釈し、神のおかげを語つて、個人的な思いつきや考えをもつて人に教へるのは、真の神の道とは申し難い。
 人の身は元来、神道を勤めるために、この世に生を享けるのである。各人各様に、おこなわねばならない神道を、その身にあずかり、賦与せしめられてゐるのであるから、自分が得た職業や役割を誤らずに行つてゆく外に、求めるべき道などはないのである。
 現世では、汝(そち)等のやうに、ことさらに理を説いて、神道といいながら普通の人の知りえない奇異奇怪な現象に、神の理があると思つてゐるものがいる。しかし、その心は、みな迷いから起つてゐるのである。
 こんにちまで、汝が思ひを凝らして信じてきた志は、ことごとく真の道ではないのである。

 もしも今後、奇怪なことや異常な現象に、神の真の道があると思ふ人がいたならば、出きる限り教え諭し、世の中の正しい道を、おこなわせるようにするがよい。
 汝も、今の心のままでは、死後に魂が、天上に復帰不能になるだけでなく、邪魅(じゃみ)といつて、幽世の魔物の群れに入るであろう。まちがった信じ方とはいえ、汝の熱心な志を憐れんで、真の道をこのように伝えるのであるぞ」
 と、夢枕に立たれた神は、おごそかに仰せになつた。

 僕はあとでたまに気づくこともあるけどほとんど忘れている。それは神の意志なのか自分の夢なのかもよくわからないままに。



  


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