ごきぶりの詩



多くの物事に好感をもって生きている人は、幸せである。世の中の大半を薄汚く描いている会合に侮蔑語として形成された「ゴキブリ」も、ゴキブリのことを好ましく思っている人にたいしては、[汚さ][卑怯さ]という象徴は機能しない。象徴の意味するところは多数決では決まらない。侮蔑語というのも主観を強調させたものだから、主として悪い言葉を扱えば、相手より多く自分の世界を滅ぼすこととなり、結果、お前はゴキブリだから、ゴキブリなのだぞ!!とのめし続けることとなる。片側には届き、片側には届かなくなる。こうして洗脳論理は極まってゆく。
さてゴキブリとは… よくよく考えてみると、歩くときや寝返りを打ったとき、あるいはいきなりこっちに飛んできて口に入ってしまったときなどに、潰れる可能性がある、その潰れてしまいそうな不安が、ゴキブリの正確な速さ以上に嫌なだけで、ゴキブリ自体は愛らしいものだと思う。カブトムシやせみのほうがゴキブリよりも人気があるが、外皮の硬いカブトムシはその分動作が鈍いし、死ぬと鎧の中で蛆が湧いている可能性もある。せみの短い一生は人々に尊い教訓を与えるが、寿命の長いゴキブリに比べるとなるといまいち馬鹿で、観察には堪えない。うちのゴキブリは仏様の三方の位置を覚えていて、毎日漁りにくる。塩に研ぎ米、きれいな水と仏様の霊気、健康に恵まれたゴキブリたちは、秋になっても元気にカサコソしている。